気まぐれ猫様の初ブログ。大学生活、音楽、食べ物…自由な日記。
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2年生始まりました!
2014年04月12日 (土) | 編集 |
ブログのタイトルがまだ決まってませんw
ですが、グズグズしていても
仕方ないのでとりあえずは
このままで行きます。

いいタイトルが決まったら
しっかり発表させていただきます!


1日にガイダンスがありまして、
4日から授業が始まりました。
1年次に授業が詰まっていた分、
2年生は少し余裕が持てそうです。

まあ授業数の話であって、
内容は深くなる分おそろしく
難しくて厳しくなるそうですが…。
うひょええ。

それと、9月の頭の2週間で
2回目の病院実習が待ち受けてます。
おおお…。


ただ!
今年はやっと音楽ができる年!
思いっきりやりたいことを楽しみつつ
学校も頑張っていきたいです。

また、今年は出来る限り
ボランティアに参加したいです。
できれば演奏での病院訪問なども
やっていきたいです。
母校での体育祭救護テントの
インターンも去年同様
やらせていただきたいなあ。
近いうちに連絡してみようと思います。


とりあえず!
ブログは継続しますので
よろしくお願いします*\(^o^)/*
またまたお知らせ!
2014年04月01日 (火) | 編集 |
無事、今日から大学2年生になれたgatto.です!笑

ブログを新しくすると宣言したばかりですが、
やっぱりブログ名などを変えて心機一転することにいたしました。

折角1年近く続けているのでもったいないし、
なんだか寂しいな、と思いまして。

今は新しいブログ名に悩んでおります。
そのうちかわりますのでしばしお待ちを!
お知らせ。
2014年03月31日 (月) | 編集 |
またまたおひさしぶりになってしまいました。
実は今色々と考えておりまして。
実習を終えてから自分の将来の夢が良い意味でぶれたんです。

そういえば実習についての記事を載せると言いつつ
書いていませんでしたね。

学んだことを述べる前に、私が看護学科を選択し、
入学した経緯から振り返らせてください。

私は小学生の頃から吹奏楽部の活動に全力で取り組んできました。
高校3年生のコンクールは学生生活最後の集大成として挑んだ大会でした。
しかし、結果は銀賞。
部長としても音楽人としても苦しい思いをし、
音楽に対して後悔を残したまま引退してしまったのです。
進路は引退してから本格的に考えようと安易に考えていたため、
引退後もずるずると部活に縋り付いていた私は進路を決められずにいました。

そんなとき、顧問に「養護教諭に興味があったよね。
それなら教師として戻ってこい。また一緒に音楽しよう」と言っていただいたんです。
私は吹奏楽部に戻りたい一心で教師になることを決めました。

幼い頃から喘息もちで精神的にも弱かった私は保健室に通うことが多かったので、
養護教諭を身近に感じる機会が多かったんです。
冷静で素早い対応の中に優しさと笑顔を持ち合わせる姿は憧れでした。

高校生になり、音楽の道に行きたかったのですが、
音楽で食べていく自信も自分の音楽が試されることへの自信もなかった私は
音楽から目を反らし、養護教諭への道を自分の逃げ道のようにしてました。

担任に「看護師の資格があると私立への就職率が上がるし、
看護技術がないと災害時などに生徒や地域の方々に対応できない」と教えられ、
怪我や血を見ることさえできないにも関わらず
養護教諭と看護師の資格が取得できる大学を探し、手当たり次第に受験しました。

看護学科に入った志望動機としては今考えても浅はかだと思うし、
看護師になりたいわけでもなく、養護教諭を目指す理由も
「吹奏楽部の顧問になりたいから」といったよくわからないもの。
周囲から「ちゃんと音楽に向き合って音大に行けばいいのに」と何度も言われました。

大学生活が始まってから何度も妥協しこのまま看護学科にいられるのか不安になりました。
忙しくなるにつれ「音楽の道に進めば良かった」と思うようになり、
授業内の写真や講義内容に吐き気を催すことは日常茶飯事で、
本気で転科や他大学への編入も考えていました。

そんな気持ちだったので、実習期間が近づくにつれ憂鬱になり、逃げ出したくまりました。
実習期間が始まるとき、「本物の患者さんを相手にするのに暗い顔をしてはいけない。
せめて私らしく笑顔でいよう」と自分に言い聞かせました。

実習ではまず患者さんとのコミュニケーションから始まりました。
何をしたらいいのかわからなかったのとで戸惑ってしまいましたが、
とにかく近くにいらした方に話しかけていきました。

患者さんたちは声をかけただけにも関わらずぱっと笑顔になってくださいました。
自分の心が温かくなるような気がしました。

私が一番心に残っている看護師さんの言葉は、
「(経管栄養…鼻や胃から直接栄養を入れること、を)敢えてお食事と呼んでいます。
患者さんやご家族からは『こんなのごはんじゃない』とか言われてしまうことも多いけど。
でも、折角の食事を明るく前向きにしたいじゃないですか。
それに『いつか口から食事ができますように』という思いも込めて
お食事と呼んでいきたいんです」というものです。

経管栄養は口から食べるものではないし、見た目もドロドロでパック詰めされています。
それでもしっかり栄養を身体に入れて生きていてほしいという人の想いがある。
私も「自分のモットーを大切にできる看護をしたい」と強く思えたのです。

また、スパゲッティ症候群や経管栄養など倫理問題については
何が正解なのかはわからないし、今でも多くの議論がされていますが、
そこから「目を背けてはならない」と現場を見て思いました。
患者さんのためにしていることが本当にためになっているかは患者さん自身が決めること。
「決まりだから、常識だから」と一般的な看護をするのではなく、
患者さんとご家族の声を一番に考えた上での看護をしていく難しさと重要性を学びました。

実習を終え、私は自分の気持ちが大きく変化したのがわかりました。
「看護をしたい」と思えたのです。
おそらく祖父のこともあると思います。

また「病院や施設では音楽も大きな看護の一つだ」とわかったので
「音楽を武器にして私なりの私らしい看護がしたい」とも思いました。

歌うことってすごいんです。
表情筋の運動にもなるし、舌の運動にもなる、
唾液量を増やすことができて、歌詞を読むなら目も動かせる、
曲の思い出が出てくれば脳にも刺激を与えられる、
歌うことで自然と姿勢を保つようになる。

音楽ってすごい、そう思えたのです。

養護教諭は現場に少ししか出たことがないためまだわからないことが多く、
今はどちらになりたいか決められません。
でも、自分が好きなこと、やっていきたいことがわかったことは
私にとって一番の大きな学びだと感じています。

仲間たちは看護への志が高い分、質の高い学びを得て帰ってきたと思います。
それに比べ私の学びはあまりにも初歩的なものであるし、
看護に対してはかなり出遅れたスタートとなってしまったが、
この学びを大切にしたい、しなければならない、と思っています。

最後に、私に大きな学びをさせてくださった患者様やスタッフの方々、先生方や仲間、
そして実習前や実習中に応援してくれた家族や友人へ感謝すると共に、
この気持ちを一生忘れないことを誓いたいです。


さて、結局何が言いたいかと言いますと、
ブログを新しくしたいと思います。
・・・・・・・・・いきなりすぎたw

いや、このブログのサブタイトルにご注目あれ。

「保健室の先生目指して」

ね、これです。
なんだか実習の後からこれが変に
プレッシャーになってしまって。

ということで、
タイトルを変えたいのですが、
折角なのでもう一回ちゃんと作り直そうかな、と。
で、新しくすることにしました。
次の記事で新しくつくったブログの紹介をさせていただきます。


突然すぎましたが、
約1年間ブログを読んでくださっていたみなさま、
本当にありがとうございました。

コメントにはいつも励まされていましたし、
自分の思っていることを素直に出せる場所だったので
私の心の居所というか。
うん、ほんとにここが私の大切な場所でした。

とりあえず、ブログは続けていきますので
少し待っていてください。
あ、待っててくれると嬉しいです。笑
お久しぶりです。
2014年03月24日 (月) | 編集 |
おはようございます。

docomoのアンドロイド携帯から
auのiPhone5Sに乗り換えたgatto.です。

その関係で色々と登録していた
パスワードやアドレスの
登録をし直したりしていて
随分手間取っております。

母校の定期演奏会も控えており、
気付いたらブログの更新が
止まっていました…。

書きたいことがたくさんあるし、
色々と思うこともありましたので
徐々に書いていけたらな、
と思います!

とりあえずこれからバイトと
中学時代の吹奏楽仲間と
同窓会をしてきます!
あれから3年。
2014年03月11日 (火) | 編集 |
東日本大震災から3年。

私はあの日地元の柏駅にいました。

高校1年の学年末試験の初日でしたので、
午前中しか学校がありませんでした。
昼食を食べて少し勉強して学校を出たのかな、たしか。

揺れた時はめまいがしたのかと思いました。
でも、おかしい。

だんだん物が揺れる音や
色んな人のざわめきが聞こえ始め、
駅構内にあるお店の商品棚が倒れ始めて。

気づいたら座り込んでいました。
動けなかったんです。
力がすべて抜けてしまったというか。

「あ、私死ぬかもしれない」
「人間って本当に簡単にいきなり死んじゃうんだ」
「まだ高校生なのにな」

こんなことが頭に浮かんだことだけは
鮮明に覚えています。

揺れがおさまったころには
天井が何か所か剥がれ落ちていたり
駅員さんたちが多くの利用者の方々を
屋外に誘導していたり。

とにかく「あ、震災だ」という感じでした。

必死に母と連絡をとるために
何度も何度も電話を掛けながら
帰宅していると、
市役所からの放送が。

その放送でわかったことは
柏周辺が震度6弱であろうということ、
震源地は東北であること。

思わず「は?」と叫んでいました。

ここで震度6弱で震源地が遠方?
意味が分かりませんでした。

余震が何度もある中
無事母と連絡が取れ、
帰宅するとテレビがついていました。

そこで初めて地震の規模と被害を目にしました。
当時はまだガラケーで情報がなかなか取れなかったんですよね。

信じられないニュースをただただ茫然と
見ているしかできませんでした。

あとから聞いた話によると
私のすぐ近くで監視カメラなどが
落下していたそう。

もうなにもかもが現実ではなく
悪夢のようにしか考えられませんでした。


あれからもう3年。
今の私にはなにができるんだろう。

キュアはできなくてもケアならできる。
そして私には音楽がある。

何かしたい、何かしよう。


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